アメリカのクラフトビール文化の中でのコントラクトブルーイング

コントラクト醸造(Contract Brewing)

コントラクト醸造とは、自社で所有していない設備を利用してビールを醸造し、パッケージ化する契約形式を指します。このような契約は、大規模なビールメーカーの間で以前から一般的でしたが、アメリカではボストン・ビア・カンパニー(Boston Beer Company)とその成功によって注目を集めるようになりました。同社は「サミュエル・アダムズ ボストンラガー(Samuel Adams Boston Lager)」の製造元であり、このブランドは1984年にピッツバーグ醸造所(Pittsburgh Brewing Company)で初めて醸造されました。レンガ造りの建物やステンレス鋼の醸造設備などの巨額な投資を必要としない形で、サミュエル・アダムズは評判と販売量を急速に拡大しました。 その後、ボストン・ビア・カンパニーは幾つかの契約先を経て、現在では自社施設で全てのビールを醸造していますが、このモデルに倣う企業も多く、1980年代のアメリカのクラフトビール運動を支えました。今日では、一部の醸造会社が契約醸造からスタートする一方で、自社施設の生産能力を超えた場合に補完的な手段として契約醸造を利用するケースも一般的です。一方、ホスト醸造所にとっては、余剰の生産能力を安定した収益源に変える機会となります。

オリジナルビールOEMのイメージ

 

コントラクト醸造の形態

契約醸造の内容は多岐にわたります。電話だけの遠隔的な関係から、綿密な協力関係に至るまでさまざまです。最も簡易な形では、ホスト醸造所がレシピ提供からパッケージ化されたビールの製造まで全てを行い、契約元はほとんど関与しない場合もあります。この場合、契約元は実質的にマーケティング会社として、ブランドを提供しビールを販売します。一方で、契約元が独自の材料や酵母株を持ち込み、レシピを提供し、製造やパッケージングの細部に至るまで指示を出すケースもあります。この場合、契約元の醸造者やマネージャーがホスト醸造所を頻繁に訪れ、ビールの製造過程を監督することが一般的です。

オリジナルビールOEMの缶充填する設備のイメージ

 

法的観点から見たコントラクト醸造

法的な観点でも契約醸造の形態は異なります。単純な契約では、ホスト醸造所が材料を購入し、ビールを醸造し、契約元が引き取るまでそのビールの法的所有権を保持します。もう一つの形式として「交互所有権(alternating proprietorship)」または「交互使用(alternating premises)」があります。これは1990年代後半にワイン業界から生まれたもので、契約元(テナント醸造所)がホスト醸造所の設備を時間単位で借りる仕組みです。この形態では、材料やビールそのものはプロセスの開始時点から契約元が所有します。アメリカでは、これらの契約形式に関わる税制上の問題がアルコール・タバコ税貿易局(Alcohol and Tobacco Tax and Trade Bureau)によって厳格に規制されています。

オリジナルレシピを相談し合うブルワー

 

クラフトビール業界におけるコントラクト醸造の地位

クラフトビール愛好家の間では、かつてコントラクト醸造に対する否定的な見方がありましたが、「ステンレス鋼を所有していない」という汚名は次第に薄れてきています。現在では、醸造所の所在地や所有形態よりも、ビールそのものやその製造者に注目が集まっています。 特に最近では、いわゆる「ジプシー醸造者(gypsy brewers)」と呼ばれる新しい形のコントラクト醸造者が登場し、ビールブロガーの間で熱狂的に支持されています。これらの醸造者は、1980年代のオーストラリアに端を発する「フライング・ワインメーカー」のモデルを踏襲しており、世界中の様々な醸造所でビールを醸造します。ジプシー醸造者は「放浪の浪人」のように世界中を旅しながら醸造を行い、通常は一つのブランド名の下でビールをリリースします。アメリカでは、この「フライング・ブリューマスター」のイメージが特に人気を集めており、馬に乗って旅するガンスリンガーのような自由な生き方がアメリカ人の心を捉えているのかもしれません。 情報技術とソーシャルネットワークの発展により、醸造者同士の交流やコラボレーションがますますスムーズになり、フライング・ブリューマスターのような存在は今後さらに増えていくことが期待されます。

コントラクトブルーイング

まとめ

コントラクト醸造(Contract Brewing)は、単なるビール製造の手法にとどまらず、アメリカのクラフトビール文化に大きな影響を与えてきた存在です。1980年代、ボストン・ビア・カンパニーのような企業がこの仕組みを活用し、ブランドを立ち上げて成功を収めた事例は、アメリカにおけるクラフトビール革命を支える礎となりました。この時期、ビール業界では「独自性」や「革新性」を追求する動きが加速しており、コントラクト醸造は、そうした時代の流れに柔軟に対応できる手段として注目されました。 また、アメリカではコントラクト醸造が「自由な発想を形にするツール」としての側面を持っています。設備や資金の制約を乗り越え、アイデアと情熱さえあれば自分だけのビールを世に送り出せるというこの仕組みは、いわば「ビールの民主化」を実現したとも言えるでしょう。その結果、大小さまざまなプレイヤーが市場に参入し、多様なビール文化を育むことに繋がりました。 さらに近年では、ジプシー醸造家(gypsy brewers)のような新しい形のコントラクト醸造者も登場し、グローバルな視点で醸造所間のコラボレーションを進めています。このような動きは、クラフトビールの枠を超え、文化や価値観の共有を促進する場としての醸造所の役割を拡大させています。 日本においても、コントラクト醸造の仕組みは、これからビール業界を盛り上げる新しい可能性を秘めています。市場が成熟し、多様な嗜好が求められる中、コントラクト醸造は、個人や小規模事業者がその創造性を試し、ブランドを構築する強力なツールとなるでしょう。これは単なるビール製造を超え、新しい文化の発展を支える動きにも繋がります。 コントラクト醸造は、ビール製造のハードルを下げるだけでなく、クリエイティブな挑戦を後押しし、ビールそのものが持つ文化的な意味を再定義する可能性を秘めています。アメリカで生まれたこの文化的潮流が、今後どのように日本や他の国々に広がり、進化していくのか、非常に楽しみな未来が待っています。

出来上がったオリジナルビールを楽しむイメージ